会話すること

世の中どんなに便利になっても、話す主体である人の姿が目の前にあって、同じ空気を吸いながら会話することに勝るコミュニケーションは無いのだと。
心身が剥離したようなイソターネットじゃあ解決しないことは、依然ほとんどの問題では存在するわけで。
どんなに合理的だと、理論的だと、正論だと自分が認識してもそれが相手との共通認識かどうかはいかなる状況であっても常に疑問点が残るわけで、それをメールの一通で「共通認識したよ」とか思うのはとっても浅はかなことで。
インターネットに触れて数年が経過する自分がそれに気づくのが今日の今だったということがショックでならない。